この桜の樹を見なさい。
これは、この富坂でも一番の老木だそうでな。
なんでも、家康公御入国の際、若木だったそうな…。
つまり、この樹は徳川300年を生きてきたことになるな。
ここは陽当たりもええし、風も強うない…。
この桜は、ぬくぬくと300年。
太平の世に安寧(あんねい)を保ってきたわけじゃ…。
ところが知らぬ間に、これこのとおり。
白蟻(しろあり)や木喰い虫の巣になってしもうたわい。
もうこれはあと10年ももつまいて。
徳川の世は、この陽だまりの桜の樹のようなものじゃ…。
水戸藩、藤田東湖による一説